ディーン・フジオカ NHK 朝ドラ あさが来た
さすがと言っても、いいのかもしれないや。
前年2014(平成26)年9月29日月曜日より放送のNHK朝ドラ『マッサン』で、初の外国人ヒロインとしてシャーロット・ケイト・フォックスを起用しての成功で勢いづいたからか、大阪制作局の朝ドラは、いわゆる"挑戦枠"と言っても、過言じゃないかも???
この年9月28日月曜日より放送開始のNHK朝ドラ『あさが来た』には、何と伊藤博文、大隈重信、五代友厚、といったNHK大河ドラマに登場する明治維新の元勲級の登場人物が...。
あの『マッサン』以来、大阪制作局の朝ドラは、NHK大河ドラマになりつつあるのかなあ。
その予感を改めて実感することになったのは、日本生まれながら世界で活躍する国際派俳優ディーン・フジオカの出演決定。
演じるは、ヒロイン・あさ(波瑠)の夫・新次郎(玉木宏)と並ぶ物語の中心人物であり、あさの精神的支えとして彼女の人生に大きく関わっていくことになる、薩摩藩士であり実業家でもあった実在の人物・五代友厚。
1836(天保6)年12月26日、薩摩国鹿児島城下長田町城ヶ谷(現・鹿児島市長田町)にて、『三国名勝図会』の執筆者で記録奉行である五代直左衛門秀尭の次男として誕生。
質実剛健を尊ぶ薩摩の気風の下に育てられ、8歳になると児童院の学塾に通い、12歳で聖堂に進学して文武両道を学ぶことに。
14歳の頃、琉球交易係を兼ねていた父親から、藩主・島津斉興がポルトガル人から入手した世界地図の複写を命じられたことが、後年の西洋の事情に明るくグローバルな考えを持つことになる第一歩か...。
1853(嘉永6)年6月3日の黒船来航の衝撃の尾を引く1855(安政2)年、藩の郡方書役助(当時の農政を司る役所の書記官の補助)に就任。 兄が鎖国論者にも関わらず、開国論者の立場に立つ日々を経て、翌年1856(安政3)年に長崎海軍伝習所へ藩伝習生として派遣。 オランダ士官から航海術を学ぶことに。
1865(慶応元)年、藩命により寺島宗則・森有礼らとともに薩摩藩遣英使節団として英国に出発、欧州各地を巡歴し、ベルギーのブリュッセルでモンブランと貿易商社設立契約に調印にこぎつけたものの、諸要因により失敗。 しかし、この時の経験がのちの五代の経営手腕に大きな影を与えることに。
1866(慶応2)年、御小納戸奉公格に昇進し薩摩藩の商事を一気に握る会計係に就任。 長崎のグラバーと合弁で長崎小菅にドックを開設するなど実業家の手腕を発揮し始めることに。
1868(慶応4)年の戊辰戦争勃発に伴い、西郷隆盛や大久保利通らとともに倒幕に活躍後の1868(明治元)年、明治新政府の参与職外国事務掛に。 以後、外国官権判事、大阪府権判事兼任として大阪に赴任し、堺事件、イギリス公使パークス襲撃事件などの外交処理に尽力。
ほどなく、大阪に造幣寮(現・造幣局)を誘致。 初代大阪税関長に就任。
あさとの出逢いはいつ頃かなあ。
あさのモデルである実在の人物・広岡浅子は、時代に先駆けての銀行・生命保険の設立や、日本最初の女子大学の設立に尽力したとのこと。
ことの始まりは、明治初期、維新変動の波を受けての銀主体の商取引の廃止や藩債の整理による富豪や両替商の資産消失がおもな原因による、大阪経済低迷から。
この事態を打開し大阪経済の復活を願って財界指導者の有志15名が、1878(明治11)年7月に、今日の大阪商工会議所の礎となる大阪商法会議所設立の嘆願書を大阪政府に提出。
設立背景は、国内に事件がおこると常にドサクサに紛れ悪辣な金儲けをする者が増えるのを防ぐため、また互いを助け合うために実業家たちの一致団結による協力と意見交換の場が必要とする考えから。
その一連の過程において、あさと出逢うことになるんだろうか、大阪経済の発展に尽くす中で、あさを叱咤激励する師となるドラマの中心人物の一人に...。
この度のディーン・フジオカの役どころ...。
前年2014(平成26)年10月25日土曜日公開の映画『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』で演じた写真家・篤史に近いかなあ。
モデル兼ヨガインストラクターとして活動する慌ただしい日々を過ごすKUMI(道端ジェシカ)にいかに想いを寄せてもすれ違ってしまう役どころは、切なかったけど、写真家としてのセンス、なかなかのものだった。
監督と脚本を務めた永田琴が「ヨガを知ることで、ストレスのある現代社会を楽しく気楽に生きるためのヒントを提供したい」という想いをこめて制作された、日本初の劇場でヨガを体感できる映画だけあって、さすがココロもカラダも元気になれるヒントがいっぱいに...。
いわゆるハリウッドセレブから火がついたことで、改めて注目されることになったヨガ...。
心身ともに健康的で調和のとれた生活を送るためのツールとしてすっかり定着し、この時の国内のヨガ人口は200万人に。
身体を整えるために行う人。 心の癒しとして取り入れている人。 ヨガの歴史や精神に共鳴して始める人。 入口や目的はさまざまであるものの、ヨガに魅了された人の多くが感じるのが、ヨガは心の安らぎをもたらしてくれるということ。
ディーン フジオカ(DEAN FUJIOKA)。
1980(昭和55)年8月19日、福島県生まれ。 妹は元チェキッ娘の藤岡麻美。
幼少から楽器演奏や楽典など、音楽的な影響を受ける日々を経ての高校卒業後、アメリカ・シアトルへ留学、IT学科専攻。 カレッジ卒業後、アジアのさまざまな国を巡り、多様な人種・文化・言語に触れ、感銘を受けたそれらを詩や写真に収めて記したという。
2012(平成24)年7月に結婚。 相手はインドネシア華僑の女性とあってか、インドネシア語も堪能。
芸能活動開始のきっかけは、2004(平成16)年、香港のクラブにおいて飛び入りでラップを披露していたところ、客席にいたファッション雑誌編集者にスカウトされたことから。
以来、香港を拠点に雑誌や広告、ファッションショーなどでモデルとして活動。
2005(平成17)年、ヤンヤン・マク監督の映画『八月の物語』の主演に抜擢され俳優としてのキャリアがスタートすることになって、その映画作品が各国の映画祭に出品されたことにより俳優としての注目が高まり、台湾ドラマの創始者とも言える柴智屏と出会い契約、台湾でのデビューを果たすことに。
以後はキャリアを確実に積み重ねることになって、ようやく日本にて2012(平成24)年に映画『I am Ichihashi ~逮捕されるまで~』にて初監督・主演 を務めることになって、翌年2013(平成25)年秋に公開。
日本の連続ドラマ初出演を果たしたのは、2015(平成27)年7月9日木曜日より放送のフジテレビ木曜劇場『探偵の探偵』のスマ・リサーチ探偵課所属の桐嶋颯太役。
モデル、俳優、映画監督のみならず、ギター、ドラム、ピアノなど楽器演奏もこなし、作詞・作曲・プロデュースも手掛けるようになって、インドネシアでの活動を中心に音楽制作を行っているとのこと。
中国武術、キックボクシング、チェス、写真撮影など趣味や特技は多岐にわたるから、凄い。
この度の『あさが来た』出演にて...。
先の映画『シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸』の心地良さあってか、明治維新の元勲級の登場人物としての、心身ともに健康的で調和のとれた生活を送るためのツール、つい気になってしまった。
ヨガに近い精神性、ともなれば、当時の方々にすれば座禅?
仕事人間から離れた素顔、垣間見ることができるんだろうなあ。
初共演となる波瑠の印象に関しては、「主人公あさを彷彿とさせる活発さが魅力的」とのことで、演技や方言台詞などに真摯に取り組む姿などに、好感の持てる方との高評価。
ディーン・フジオカ自身、日本語・英語・北京語を話せることもあって、この度のピッタリの役どころといい、これからの波瑠に国際派女優への足掛かりを与えることになるのでは???
本放送が待ちきれないや。
そして、2016(平成28)年1月22日金曜日放送の第16週・第95回も...。
2015-08-04 |
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