富士山世界遺産 観光
まさに待ったなしの問題。
2013(平成25)年6月22日土曜日、カンボジアの首都プノンペンで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「第37回世界遺産委員会」は、「富士山」(山梨県・静岡県)を、"世界文化遺産"としての登録を正式決定することに。
これで国内17件目。
正式登録は、審議最終日の26日水曜日。
正式登録名は、「富士山 - 信仰の対象と芸術の源泉」。
構成資産は合計25。
対象そして範囲は、富士山域全般の信仰遺跡群はじめとする浅間大社や浅間神社、御師住宅(旧外川家住宅と小佐野家住宅)、山中湖、河口湖、忍野八海、船津胎内樹型、吉田胎内樹型、人穴富士講遺跡、白糸ノ滝、三保松原。
「日本人の心通じた」
「美しい姿を後世に」
といった声にみられるような意気込みを抱く人たちの想いは新たに強まって...。
日本の誇る最高峰の孤高の山として、日本人の心の拠り所としての富士山が、世界から賞賛されること自体、素直に嬉しい。
しかし、
2012(平成24)年7月22日付記事『野口健 富士山』を振り返る気持ちで、改めて考え直してみれば、懸念材料の方が、遥かに上回りそうな気がしてならないんだよなあ。
発端は1992(平成4)年、日本が世界遺産条約に批准してから。
批准後間もなく、富士山の"世界自然遺産"の登録を目指したものの、開発やゴミ問題が重大ゆえに断念を余儀なくされて...。
やむを得ず、日本最高峰として霊峰としての信仰や、浮世絵などの芸術の対象となった歴史を見直して、目標を"世界文化遺産"登録へ切り替えてからの紆余曲折、
21年の歳月が経過して、
日本を象徴する存在でありながら、国内17番目の登録に。
毎年7月から9月にかけて、ただでさえ多くの観光客の押し掛ける場所が、さらなる窮屈な場所へと変わってしまいそうだ。
富士山を登ることで、日本最高峰としての魅力に触れたい気持ちそのものは理解できても、気候なかでも風の強さの変動の激しい独立峰であることを実感できている人たちが、どれだけいるのかが気がかり。
現状では、ただの観光地としてしか実感できていない観光客や登山客が多いのでは、と想像するだけでも、怖いものがある。
ましてや、より高度な携帯電話のみならずスマートフォンの急激な普及が、万一を理由とした安易な救助要請を、当然のことのように横行させてしまうならば、尚更のこと。
例え、高めの入山料を徴収できたとしても、オーバーユースゆえのゴミ処理は膨大になりそうだ。
となると、アメリカやヨーロッパの山々のように、入山制限しかないのかなあ。
いずれにせよ、山が汚れてしまえば、土砂や土壌などは脆弱になり、台風や集中豪雨などに見舞われてしまうことにでもなったら、山自体が崩壊してしまうのも時間の問題。
山が崩壊してしまえば、土壌に多く蓄えられていた豊富な水資源は、なきに等しい状態に。
豊富な水資源がなければ、栄養価の高い食材にありつけることもできなくなってしまう。
本当に自分の悪い癖で、つい最悪の想像をしてしまったけど、
実際にそうなってしまったら、
かの誕生から8,500年余の時が流れて、当時の環境庁から「名水百選」と「21世紀に残したい日本の自然百選」に認定された、柿田川湧水群もなくなってしまうんだろうなあ。
1,200mという日本最短の一級河川ながらも、年間15℃前後の一定した水温で、そのまま飲める水質で、清流として創り出される豊富な自然の生態系。
なくなってほしくないなあ。
オーバーユースによる弊害を大きくさせないためにも、世界文化遺産登録後の余熱が冷めるまでは、お祝いの気持ちを奥底に秘めて日々を過ごすのが、一番ふさわしいのかなあ。
『伊豆河童柿田川名水ところてん・あんみつ3個セット』でも、じっくりと味わいながら...。
2013-06-23 |
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